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其の一:また自転車に乗るとは…

自転車が好きだ。土日や休日は勿論、ネクタイをしていない時はだいたい自転車で行動している。ジャズのセッションの時も、都内ならトランペットを背負って自転車で行く。私が乗っている自転車は極細のタイヤがついたいわゆるロードレーサーというやつで、その気になればかなりのスピードで走る事ができる。これに乗り始めて以来、私は季節を問わず大荷物かよほどの大雪でも降らない限り、ほとんど自分でクルマを運転する事がなくなった。

想い返せば私がスポーツタイプの自転車を日常の足として乗っていたのは、まだ学生のころ、留学(とは名ばかりの放浪の旅か…)の途中、イギリスにいた時のことだ。
私と入れ替わりに一時帰国したスペイン人の学生がフラット(学生用のアパート)において行った10段ギアのドロップハンドルのツーリング自転車があったのでちゃっかり拝借して暫く乗っていた事があった。
本当はシンプルで軽量のイタリアン・ロードレーサーが憧れだったから、泥よけや荷台なんかが趣味に合わなかったが、私が住んでいたケンブリッジという街はまさに「自転車の街」という感じで、とにかく駅前のパブへ行くにもシティ・センターに買い物に行くにも自転車が無ければはじまらないので、随分と重宝した。
ある晩、スイス人の友人と企画したパーティーが終わり、音楽担当だった私はラジカセを背中に縛りつけてその自転車に乗り、かなりのスピードで深夜の住宅街を走っていた。
夜中の3時は回っていたと思う。多少アルコールが残っていた事もあったが、英国は日本でいえば北海道ぐらいの緯度で、秋とはいえ雪もちらつくほど冷えきった路面がどんな状況なのかなど考えてもいなかった。
コーナーを曲がろうと体重を内側にかけた瞬間だった。突然コントロールを失い転倒した私は自転車もろとも家の庭に転がり込んだ。と同時に背中にしょっていたラジカセがすっとんでその家の窓に激突、なんと窓ガラスをぶちやぶって家の中に飛び込み、おまけにショックでスイッチが入ってガンガンのJAZZが大音響で鳴り響いてしまったのだ・・・。
こうして私は英国ケンブリッジは高級住宅街のおばさま達のあいだでは少し有名な日本人となりました。お粗末…。
結果その自転車はあちこちが無残に曲がってしまい、修理しようと思ったものの、街の自転車屋にはそんな部品は無いと言われ、運悪く、数日後に持ち主のスペイン人は帰ってきちゃうワで、思わぬ出費をした私は以来、そのショックでいわゆる自転車恐怖症っていうんですか、あんなに毎日乗っていた自転車だったが、すっかり疎遠になってしまっていた。ところがそれから20年近く経って、個人的にも親しくしていただいているある出版社の会長(以下「ザ・大先輩」という)から、突然「これやるから乗れ」と、今はもう無いメーカーの「ジャンニ・モッタ」なるイタ車を譲り受けた。こんなことがきっかけで、ながいブランクはあるものの、昔あんなに憧れたロードレーサーに晴れて跨ることとなったのだ。

Gianni Motta

其の二:ロードレーサーは命懸け

私が「ザ・大先輩」から頂いたロードレーサーは、1981年にある雑誌が「イタリア自転車工房」の特集を組んだ時に、編集者が実際にミラノで買い集めたパーツで組み上げた、GIANNI MOTTA。色はシャンパン・ゴールドで、MTBブームで極彩色の自転車が主流の今日においてはシンプル過ぎるほどの色合い、憧れの典型的なイタリアン・ロードレーサー。
私は一目で気に入ってしまった。

むかし私が乗っていた自転車と構造的に違うところといえば、まずは車輪を簡単に脱着できる「クイック・レバー」なるものがついていることだった。そんな機能があるとは知らない私は、自転車を渡された時にレバーがリリースになっている事に気がつかず、そのまま1週間ほど都内を乗り回していた。
下り坂で妙に前のホイールがブレていたが「まあ古い自転車だからな〜」などと思いながら平気で乗っていたのだ(^_^;)。そしてある時、坂の上でなにげなくハンドルを持ちあげてみたところで…あらま、ぽろっと前輪が落ちて勝手に坂を下って行くではあーりませんか…,,今だから笑い話だが、知らないということは実に恐ろしい。 自転車は要は一つの交通機関だ。しかし一般には、自転車にはエンジンやモーターがついていないというだけで、誰もが「クルマ」よりもむしろ「ヒト」に近い乗り物であると考えている。ましてやロードレーサーのようなスポーツタイプの自転車がその速度が簡単に時速40kmを越えることもある極めて高速の交通機関である、ということを感覚として解っている人は少ない。私もそのひとりだった。 要は交通機関としての自転車を甘く見ていたのだ。 都会の下りの道路をクルマと一緒に高速度で走っていて、突然前輪が外れていたとしたら…。もしかしたら今この命はなかったかもしれない。 実際この種類の自転車に乗って歩道や車道を走ってみて、それこそ何度か危険な目にあったり不愉快な思いをして初めて、いろいろなルール、例えば、道路交通法の「自転車は軽車両に属し、車道で自動車の左側を走るように定められている」(自転車専用道路や自転車通行可の歩道を除く)というような事柄を知ることになる。 しかし、仮に私だけがそれを知っても相変わらず世間は誰もそんなルールを知らない。永い歴史的背景を持つヨーロッパの自転車文化と違い、自転車=ママチャリ=歩道を走るもの、という意識が既に深く根差した日本の街においては、道交法の如何に関わらずロードレーサーは新参者だ。仮にクルマのドライバーがどんな危険な行為を仕掛けてきたとしても、私達サイクリストは自分で自分の身を守る以外ない。前述のクイック・レバーも然り、自転車は命懸けでいろいろな事を学ばせてくれる。 それにしても、ヒトというのは、エンジンのついた鉄の箱に乗るとなぜあんなに意地悪で乱暴になってしまうのでしょうか…。そして歩道をとんでもない速度で突っ走るチャリ小僧も、一体何を考えているのか解らない。それぞれにちょっとした配慮があるだけで、世の中随分変わると思うんだけど…。

クイック・レバー
〜 車輪脱着用クイック・レバー 〜

其の三:エコーロケーションとチベットの僧侶

深夜、ひとりでビルの谷間を自転車で走るのが私は好きだ。前後、左右に「気」を張り巡らして、クルマや人影の動きを予測する。ロードレーサーに乗り始めの頃、何度となく転倒したり恐い思いをしたお陰で、私のエコー・ロケーションも随分と性能が良くなったようだ。

このエコー・ロケーションというのはイルカやクジラ達が体内に持っている特殊機能で、言わば音波探知機である。鯨類はこの機能で砂のなかの獲物を見つけたり、生物の体内の状態を透視したりするらしい。
私は、深夜の東京を自転車で走ろうとする場合に限っては人間も「それに似た感覚機能」を訓練しないと危険だ、と真剣に思っている。

クルマの隙間から突然道に飛び出す酔客、猛獣のように信号無視をするRV、こちらが直進することがわかっているのに、あたりまえのように右折してくるタクシー。後ろも見ず平気でドアを開ける駐車中のクルマ等など、不測の危険は数限りない。
しかし、ひとたびこれらの不測の攻撃を予測しながら安全に走るコツを覚えると、こんなに楽しい乗り物は他にない。神経をピリピリと張り巡らしているから、逆に頭がカラッポになって「無我の境地」というかそれこそ「イルカの気分」みたいなリラックス感を体験してしまうのだ。
だから、最近よくすれ違う、眠たそうな顔をして車道を逆行し、おまけに耳にはウォークマン…なんていうまるで夢遊病者のような不感症チャリ小僧とすれ違うと「危険だな〜」とぞっとしてしまう。そいつが危険というより、こういう輩は交通機関全体にとって大迷惑なのだ。


話題を変えるが、むかし誰かからこんな話を聞いたことがある。「チベットの山奥には重力をコントロールできる人達がいて、そこに住む僧侶達は平原をまるでゴム毬のように飛んだり弾んだりして移動しているそうな…」と。
それから暫くして私は自分がその僧侶になった夢をみた。1歩が10メートルぐらいのカンジでぴょーんぴょーんと進むんだけど、これが最高に気持ちいいんだな。どんどんと加速していって足がもつれそうになるんだけど、その辺はユメだからね、大丈夫、ちゃんと着地していた。
途中で、この体験が夢だと気がついて、起きてしまうのがとっても惜しかったのを覚えている。 あれから何年が経っただろう、つい最近とても嬉しい出来事が起こった。というのも、あの夢で見た快感がなんと現実に存在していた!! そしてそれを体験させてくれたのが何を隠そうロードレーサーだったのだ。 夜の路地をアウター×14T位で走っていた時だった。スポークの風きり音だけが心地よく響く静寂の中、例によってイルカのエコー・ロケーションを張り巡らして頭の中がα波で満たされ始めた時、突然に、まったくの突然に、あの何年も忘れていた感覚、あのチベットの僧侶の気持ち良さがみごとに甦ったのだ。夢で体感した快感がこんなにもリアルに現実になるとは…。今思うに私が自転車にハマッたのはこの瞬間からだったかもしれない。

エコー・ロケーション
〜 エコーロケーションで餌捜し 〜
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